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広島高等裁判所 昭和45年(う)338号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月以上一年二月以下に処する。

理由

弁護人の控訴の趣意は控訴趣意書を引用する。

論旨(量刑不当の主張)に対する判断に先立ち、職権により本件記録を調査するに、原判決は、公訴事実第一の業務上過失致死傷の訴因に対し、その業務性を認めてそのまま業務上過失致死傷罪の成立を肯認しているが、当裁判所は、次の理由により、被告人の本件自動車運転行為は業務上過失致死傷罪にいう業務性を有していないものと考える。

すなわち、原判決の挙示する各証拠、とくに被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書によれば、被告人は、昭和四二年一一月に自動二輪車の運転免許を受けてこれを運転していたが、普通自動車の運転免許は所有していなかつたこと、しかしながら被告人は、高校二年生であつた昭和四三年の夏休みに常石造船株式会社でアルバイトをしたが、その間に同会社内で軽四輪貨物自動車や普通貨物自動車の運転練習をし、単純な路上運転が出来る程度にはなつていたこと、被告人はやがては普通乗用車の運転免許試験を受けようと思つていたこと、しかるに被告人は、昭和四四年一一月二三日に本件普通自動車の運転をするに至つたのであるが、その車両は友人の父親の所有にかかるものであり、それも、福山市内に遊びに行くため、友人の一人が普通自動車を途中まで運転し、福山市内で被告人が運転したくなつて友人と運転を交代し、間もなく本件事故を惹起したものであること、以上の事実が認められる。これによれば、被告人は、普通自動車に関しては、本件事故の一年以上前に前記会社内で運転練習したのみであり、しかもそれは単なる練習のための運転であつて、仕事の一部としてではなく、また、被告人は普通自動車の運転免許試験を受けようとは思つていたものの、普通自動車の運転練習をした昭和四三年夏頃より本件事故日までの一年有余の間に一度もその試験を受けなかつたことがうかがえるし、被告人の本件運転行為も出発時からのそれではなく、目的地の福山市内に着いてから友人と交代してなしたものであるから、これらの事情を考え合わせるときは、被告人は犯行時において、いまだ普通自動車運転者という一種の社会的地位を有するに至つたとまでは認められず、しかも被告人の将来普通自動車の運転を反覆継続して行なう意思なるものもさほど明確なものとは認められないのであつて、これを要するに、被告人の本件運転行為は、いまだ「社会生活上の地位に基づいて反覆継続して行なう行為」とは認められず、これに業務性を認めることはできないのである。

そうだとすれば、被告人の本件運転行為に業務性を認めて業務上過失致死傷罪で処断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、この点においても原判決は破棄を免れえないが、原判決も認めているが如く、本件事故は被告人の普通自動車の無免許運転技術未熟に起因するものであるから、被告人には重大な過失の存在を認めうべく、訴因の変更を要せずして被告人に重過失致死傷罪の成立を認定しうる場合である。

よつて、弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九一条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四四年一一月二三日に同僚の橋本久延、佐藤和夫、金本竜美と共に橋本の運転する普通乗用自動車に乗り福山市内に遊びに出た際、同日午後〇時三〇分頃同市内において右橋本と運転を交代し、時速約五〇キロメーートルで同市船町七ノ二四先国道二号線をセンターライン寄りに東進していたのであるが、被告人は普通自動車の運転免許もなく運転技術も未熟であつて路上運転の経験もなかつたのであるから、特に同所附近のごとく交通量の多い交差点も数多くある道路における普通自動車の高速運転はさしひかえるべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然安全を軽信し前記速度で進行を続けた重大な過失により、前方交差点を右折中の車両を発見しこれを避譲せんとしてあわててハンドルを急に左に切つた際自車の安定を失なうに至り、そのまま左斜めに暴走し、左側歩道に突込み乗り上げたうえ路側の福山信用組合外壁に激突し、歩道を通行中の真田シカヨ(当時四四才)、真田恵美子(当時二一才)の親子を自車前部ではね飛ばして転倒させ、同女らに各脳挫傷、脳内出血等の重傷を負わせ、よつて右シカヨをして同日午後一時一五分頃、右恵美子をして同日午後四時一〇分頃、同市三吉町志田原病院においてそれぞれ死亡するに至らせるとともに、前記同乗者の橋本久延に対し加療一〇日間を要する左足背部擦過創等の、佐藤和夫に対し加療二〇日間を要する右肩部左前腕挫創、両下腿擦過創、外傷性ショック等の、金本竜美に対し加療二〇日間を要する左肩挫傷、外傷性ショック、右足関節挫傷の各傷害を負わせ、

第二、公安委員会の自動車運転免許を受けないで、前記日時場所において、前記普通乗用車を運転したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)〈省略〉

(高橋文恵 久安弘一 寺田幸雄)

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